(2)摩擦がない場合を考える。三角形を支える力\(\mathbf{F}\)を取り除いたら、三角形および質点は運動を始めた。質点は三角形の上辺の右端から左端に到達した。このとき、Bのy座標を求めよ。
模範解答を見ると、「水平方向に力はかからないのだから、(運動量保存により)質点はx軸方向には移動しない。したがって、答えはdである」と直感に基づいた答えが書いてある。たしかにこれでよいのではあるが、「実験してみないことには納得できない」という高校生は多いと思う。
できれば、そんな経験に基づかなくても、教わった物理法則をきちんと論理的に適用するだけで正解を得たいものである。この二体問題の運動方程式を解くことで「答えd」を計算して得てみよう。
三角形に働く力をリストアップしてみよう。まずは重力
\[\begin{equation}
\mathbf{F}_g=Mg\left(\begin{array}{c}0\\ 1\end{array}\right)
\end{equation}\]
が働く。
次に斜面からの垂直抗力\(\mathbf{N}_0\)が考えられる。以前議論したように、この力は三角形が斜面に沿って運動するための「拘束条件」として必要である。
\[\begin{equation}
\mathbf{N}_0=\frac{N_0}{\sqrt{2}}\left(\begin{array}{c}1\\ -1\end{array}\right)
\end{equation}\]
最後に、質点からの影響を考える。この質点は三角形があるために、y軸方向には自由に運動できない。これを「拘束条件」と考えると、三角形の辺から受ける「垂直抗力」\(\mathbf{N}_1\)を考えるのが自然であろう。作用反作用の法則により、質点は三角形を押し下げる力を作用させることになる。
\[\begin{equation}
\mathbf{N}_1=N_1\left(\begin{array}{c}0\\ 1\end{array}\right)
\end{equation}\]
従って、三角形についての運動方程式は
\[\begin{equation}
M\mathbf{A} = \mathbf{F}_g + \mathbf{N}_0 + \mathbf{N}_1
\end{equation}\]
となる。三角形の加速度を\(\mathbf{A}\)と置いた。
座標を回転させて、「高校物理おすすめ」の座標系に移動しよう。前回計算した一次変換\(R(-\frac{\pi}{4})R_E\)を、上の運動方程式全体に作用させると
\[\begin{equation}
M\left(\begin{array}{c}A'_x \\ A'_y\end{array}\right)
= \frac{1}{\sqrt{2}}\left(\begin{array}{c} Mg+N_1\\ \sqrt{2}N_0 - N_1 - Mg\end{array}\right)
\end{equation}\]
となる。 運動の拘束条件により、三角形は斜面からは離れない。したがって、y方向は力の釣り合いが成立していて運動の自由度はない、つまり\(A'_y=0\)とならなければならない。したがって、次の2つの方程式を得る。
\[\begin{equation}
N_0 - \frac{1}{\sqrt{2}}\left(N_1 + Mg\right) = 0 \\
MA'_x = \frac{1}{\sqrt{2}}\left(Mg+N_1\right)
\end{equation}\]
2つ目の方程式は、斜面に沿う運動の自由度に相当し、斜面を滑り降りる三角形の運動方程式に他ならない。
次に、質点の運動方程式を考えよう。実は上で考えた座標系は、考える物理系の「外界」から眺めた場合の座標系である。通常は慣性の法則が成り立つ座標系を考えるので、「慣性系」とよぶこともある。この慣性系から質点の運動を考えると、質点の運動はちょっと面倒な形になるのが予想できる。質点は三角形の上辺の上を「水平」に移動するが、三角形自体は斜めに落ちるので、質点の全体の運動は、この2つの自由度の組み合わせ(ベクトル和)になるはずだが、これを丁寧に追いかけるのは面倒だ(やればやれないことはないが)。
そこで、「内部座標系」というものを導入する。つまり、三角形の上に立って、質点を観測するような座標系である。この座標系は、斜めに落下していく三角形を基準にしているので、「非慣性系」である。非慣性系では「慣性力」という見かけの力を導入する必要がある。地球上におけるコリオリ力や、回転している車で感じる遠心力などは慣性力とみなされる。
いま考えている問題における慣性力は、慣性系でみたときの三角形の加速度の向きを変え、そこに非慣性系で運動する物体の質量をかけたものである。すなわち、三角形の上に設置した非慣性系において、質点が感じる慣性力は\(-m\mathbf{A}\)である。質点が感じる残りの力は重力と三角形からの垂直抗力\(\mathbf{N}_1\)である。したがって、非慣性系における、この質点の運動方程式は
\[\begin{equation}
m\mathbf{a}= \mathbf{f}_g+\mathbf{N}_1 - m\mathbf{A}
\end{equation}\]
である。質点は、三角形の上辺から飛び上がったり、めり込んだりしない、という拘束条件を適用すると、\(a_y=0\)である。なお、この非慣性系の座標は、回転する前の座標系と同じ「方向」である。すなわち、三角形の上辺に沿って水平右側方向にx軸、x軸に垂直下向きにy軸をとる。質点の運動方程式を成分で書き下すと、
\[\begin{equation}
\left(\begin{array}{c}ma_x\\ 0\end{array}\right) = mg\left(\begin{array}{c}0 \\ 1\end{array}\right)+ \left(\begin{array}{c}0 \\ -N_1\end{array}\right) - m\frac{A'_x}{\sqrt{2}}\left(\begin{array}{c} 1\\ 1\end{array}\right)
\label{eq-particle}
\end{equation}\]
である。
ここで、加速度に関しての変換の性質を利用した。すなわち、
\[\begin{equation}
\mathbf{A}' = R(-\frac{\pi}{4})R_E\mathbf{A}
\end{equation}\]
を成分で書くと、\(\sqrt{2}A'_x=A_x+A_y, \quad \sqrt{2}A'_y=A_x-A_y\)であることが示せるが、\( A'_y=0\)であることを利用すると, \(A_x=A_y\)である。したがって、\(A'_x = \sqrt{2}A_x\)となる。
式\((\ref{eq-particle})\)より、質点の加速度は三角形の加速度の\(1/\sqrt{2}\)倍であり、向きは左向きであることがわかる。つまり斜面の方へ向かって運動する。三角形の運動方程式と、質点の拘束条件を組み合わせて、\(N_1\)を消去すると
\[\begin{equation}
A'_x = \frac{g}{\sqrt{2}}(1+\frac{m}{M})\left(1+\frac{m}{2M}\right)^{-1}
\end{equation}\]
を得る。したがって、
\[\begin{equation}
a_x = \frac{g}{2} (1+\frac{m}{M})\left(1+\frac{m}{2M}\right)^{-1}
\end{equation}\]
である。等加速度運動である。
質点の速度の初期値は0, 位置の初期値はdであるから、
\[\begin{equation}
x(t) = d -\frac{1}{2}a_xt^2
\end{equation}\]
が質点の運動を表す関数である。x(t)=0を満たすtを求めると、
\[\begin{equation}
t^2 = \frac{2d}{a_x}
\end{equation}\]
である。
次に、三角形の運動は斜面に沿った方向に加速度\(A'_x\)の等加速度運動をする。初速度は0, 初期位置も0である。したがって、質点が三角形の上辺の上の右端から左端まで動く時間tの間にどれだけ斜面に沿って移動するかというと
\[\begin{equation}
X'(t) = \frac{1}{2}A_x' \frac{2d}{a_x} = \sqrt{2}d
\end{equation}\]
である。これは、三角形の斜辺の長さに相当する。t=0で原点にあった三角形の頂点が、斜辺の長さだけ斜面にそって動いた時に相当し、このとき三角形の上辺は垂直にdだけ落下する。したがって、B(三角形の右上の頂点)のy座標の位置はこのときdである。
(3)では、質点が三角形の上辺の左端に到達したときの速度を計算させているが、これまでの結果を用いて、
\[\begin{equation}
v_x(t=\sqrt{\frac{2d}{a_x}}) = -\sqrt{2da_x} = \sqrt{dg\left(1+\frac{m}{M}\right)\left(1+\frac{m}{2M}\right)^{-1}}
\end{equation}\]
となることはすぐにわかる。
この問題では、三角形は斜面に沿っての運動の自由度、質点は三角形の上辺にそっての運動の自由度に、それぞれ拘束される。したがって、「自然な座標系」の取り方が、両者で異なる点が、初学者には「複雑に感じる」点ではないだろうか?自然な座標系を、物体によって変えたほうがうまくいく、というのが今回の問題で得た教訓である。
ちなみに二体問題を含む多体問題では、「内力」だけが働く場合をよく考える。その場合、重心の運動量が保存され、問題解決のための大きな緒になることがある。しかし、今回の場合は重力という外力がかかるので、全面的な保存力は成り立たない。ただ、重力は鉛直下向き(つまりy軸方向)にのみ働くので、x軸方向には保存則が成立する。2次元の問題において、独立な自由度は2なので、それぞれに対し運動量保存則を考えることができるからである。放物運動は自由落下と等速直線運動の組み合わせになっている、というのと同じからくりである。この観点から、この問題を解くことも可能ではある。
最後に2つの垂直抗力を質量と重力定数で書き表しておこう。これは、運動方程式からもとまる。
\[\begin{equation}
N_0 = \left(1+\frac{m}{2M}\right)^{-1}\frac{m+M}{\sqrt{2}}g, \\
N_1 = \left(1+\frac{m}{2M}\right)^{-1}\frac{m}{2}g
\end{equation}\]
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