2018年3月21日水曜日

摩擦力と垂直抗力(3)ミクロな観点

現代物理学は、必ずミクロな観点で考える。つまり、原子レベルでみたらどのようになっているかを考察するのである。滑り摩擦(sliding friction)の場合、その本質はアスペリティー(物体表面のミクロな凸部分)にあることを前回見た。アスペリティーは、ギザギザした表面の尖った場所であり、原子が固まって存在する場所とみなすことができる。

摩擦力の本質は、アスペリティー同士の引っ掛かりであり、この数が多いほど摩擦力は増す。摩擦力が垂直抗力に(ほぼ)比例するのは、表面に垂直な方向から力(つまり垂直抗力)がかかると、表面が押し潰されて隙間が少なくなりアスペリティーの数が増える、すなわち有効接触面積が増大するからである。表面に平行な力がかかってもアスペリティーの数は増えないから、摩擦力と垂直抗力は必ず「垂直」である必要があるのだ。したがって、\(\vec{F}\perp\vec{N}\)が成り立つ必要があり、\(\vec{F}=\mu\vec{N}\)は間違いとなる。

滑り面に対して斜めに力がかかるときはどうか?斜めの力は、水平の成分と垂直の成分に分解できる(数学の言葉でいうと、ベクトル空間の線形結合性、あるいは基底の性質)。前者はアスペリティーを増やす効果はないが、後者ある。したがって、垂直成分のみに摩擦力は比例することになる。これは高校物理でよく問われる問題である。下図のような斜面の問題を例に考察してみよう。

斜面を滑り落ちる物体(図はWikipediaより引用
物体に働く力は重力であり、それは物体の重心から鉛直下向きに\(mg\)の大きさで作用する。しかし、斜面の存在により、物体は鉛直下向きに落下することができず、斜面に沿って(角度θで)左斜め下に滑り落ちることになる。落下の方向が、斜面によって制限されるので、こういう状況を「拘束条件付の運動」という。この場合の拘束条件とは「斜面に沿って直線運動をする」ことである。つまり、斜面から離れて弾んだり、浮き上がったりしないので、その物理的状況を考慮しなくてはいけない。

この問題は2次元なので、独立な基底ベクトルは2つとなる。重力の方向にy軸、それと水平の方向にx軸をとってもよいが、θだけ回転した座標系、すなわち斜面に沿った方向にx軸、斜面に垂直な方向にy軸をとるのが、この問題をもっとも簡単に解く座標系である。

y軸方向には物体は動かない(変位は零)ので、この方向には力の釣り合いが成り立っていると考えざるをえない。重力からは\(mg\cos\theta\)の寄与があるので、これに対抗した力がかからないと、物体は斜面にめり込んでしまうことになる。この対抗する力が「垂直抗力」(Nと書くことにする)であるが、斜面から上方の向き(つまり-y方向)に働く。したがって、y軸方向の力の釣り合いは
\[\begin{equation}
mg\cos\theta - N = 0
\end{equation}\]
となる。 斜面が物体を押す力、すなわち垂直抗力Nは、ミクロの観点からすると、物体を構成する原子の塊が、斜面を構成する原子の塊にめり込まないようにする役割があり、それは原子同士の反発力が正体である。この反発力の源は原子の中に含まれる電子や原子核などの電荷粒子の間に働くクーロン力(電気力)であるが、あまりにも多くの粒子が関わった超多体問題であるため、複雑すぎて明確な分析をすることはほぼ不可能である。そこでこの複雑な合成力を「垂直抗力」とひとくくりに丸めて、わかったようなふりをするのである。

さて、この問題における「垂直抗力」は、斜面から物体に向かって働くので、物体を押さえつける力ではなく、下から物体を浮かせるような力になっていて、これは「上から押さえつける」力によってアスペリティが増加して 摩擦力が増大する、という最初の説明と辻褄があわないようにみえる。よく考えると、アスペリティが増大するのは、接触面が「互いに」押し付けられるようになる場合である。

垂直抗力というのは状況によらずいつでも一定値を取っているわけではなく、拘束条件を成立させるために、状況によって値が変わるものである。重いものを乗せれば大きく、軽いものを乗せれば小さくて済むのである。この変幻自在性は作用反作用の法則と拘束条件によるものである。斜面が硬く不動ならば、重力が大きくなればなるほどNは大きくなり、押し付け度合いは上がる、と考える。つまり重力による斜面への押し付けが摩擦力を生むと考えて良いだろう。上の式(1)に現れる「垂直抗力」は、押し付けの目安として最適である、という程度である。実際、手で押さえつけるときは摩擦力は増加するだろうが、斜面の下から手で押し上げれば摩擦力は減少するだろう。しかしながら、摩擦力の公式は変わらない。というのは、手で押さえつける力をHと表せば、釣り合いの式は
\[\begin{equation}
mg\cos\theta + H - N = 0
\end{equation}\]
となり、摩擦力Fは
\[\begin{equation}
 F= -\mu N = -\mu(mg\cos\theta + H)
\end{equation}\]
となるからである。\(H>0\)のときが「上から押さえつける場合」、\(H<0\)の場合が「下から押し上げる場合」である。

ここで大事なのは、Hが強くなっても斜面が変形しないという仮定である。もし斜面が柔らかく、押し付けたら斜面の形が変わってアスペリティの数が増えなければ、摩擦力は垂直抗力に単純に比例するとは結論づけできないだろう。

「押し付けの度合い」という点で考えれば、つぎのようなミスは防げるはずである。すなわち、「y軸方向には釣り合いの式が成り立つから物体にかかるy軸方向の力は0である。したがって、垂直抗力は0となり、摩擦は発生しない」という間違いである。釣り合いが成り立っているのは、垂直抗力が増減することにより、重力などの押し付け力に対抗しているからである。釣り合いが成り立つ場合も、押し付け力が大きければ大きいほど、垂直抗力は増加し、「押し付けの度合い」は結果的に増加し、アスペリティは増えるのである。

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