最初の問題として、摩擦力について考察してみよう。高校物理では力学の項目で導入される概念であるため、多くの高校生が知っているはずである。そして、それは多くの学生が「物理が苦手」と感じさせる最初の要因になっているのではないかと思う。
摩擦力といっても、高校で取り扱うのは、空気抵抗とか、流体の粘性とかではなく、マクロな物体同士の接触摩擦である。典型的な問題は、斜面を滑る積み木みたいな物体の「運動」の考察である。(「運動」といっても、微分方程式を解かないので、大した運動にはなっていないが...)物体同士の接触による摩擦には2種類(静止摩擦と動摩擦)あることを高校物理では教えるが、その原因や理由を説明したりはしない。いずれの場合も、数式で表すとどちらも同じ形式で表される。
\[\begin{equation} F= \mu N \label{friction-force}\end{equation}\]
\(\mu\)は摩擦係数と呼ばれ、\(N\)は「垂直抗力」と呼ばれるベクトル量の大きさを表す。次元解析をすればわかるように、摩擦係数\(\mu\)は単位をもたない、単なる係数である。また、摩擦力はベクトル量であるから、その向きも定める必要があるが、それは運動する物体の「運動方向と逆向き」である。また垂直抗力は、運動方向と「垂直の向き」に作用する力である。これが「垂直抗力」という名前が付いた理由である。したがって、次元が一致するからといって、\(\vec{F}=-\mu\vec{N}\)などと書き表すと間違いとなる。また、英語では垂直抗力のことを"normal force"という。"normal"というのは色々な意味を持つが、ここでは「垂直」という意味である。ちなみに平面の法線はnormal vectorという。
高校物理では、静止摩擦と動摩擦を分けるものは、摩擦係数\(\mu\)の定義だけである。試験問題では、例えば「\(\mu\)を静止摩擦係数、\(\mu'\)を動摩擦係数とおく」などと文中で定義される。静止と動の違いを「表面的に理解」し、記号を混同せず、「使い間違えないように注意深くなる」のが高校物理の目標となるが、禅の修行のような感じに聞こえなくもない。計算するだけで「理」を考えない高校物理ではこの数式を暗記し、様々な事例に適用して、正しい解答を速やかに導き出せるようにひたすらトレーニングを積むだけとなる。
(高校物理ではなく)物理学に戻ろう。なぜ摩擦力の大きさFは、垂直抗力の大きさNに比例するのであろうか?高校物理では議論もしないし、考えない内容である。まずは直感的に考えてみよう。物体を上から押さえつければ、その物体の横滑り運動に関する摩擦力が増大することは、日常経験で知っている人は多いだろう。例えば、SF映画で狭い部屋に閉じ込められた主人公を押しつぶそうとして、左右の壁が動いて迫ってくる。潰される直前に、主人公は左右の手足を壁に突っ張ると、摩擦力が増大して壁を登ることができ、見事に天井裏に脱出できた、というようなシーンである。このような経験を通して、滑り面に対する「上」からの押さえつけ(つまり垂直抗力)が摩擦力に与える影響をなんとなく理解することは可能だろう。しかし、物理学の観点から見た「本当の理解」とは、「なぜ押さえつけたら摩擦力が増大するのか」という疑問に答えることである。
これに対する丁寧な説明はR.P.Feynmanの教科書に書いてある(Vol. I, 12-2 Friction)。また、Wikipediaにも記述がある。驚くべきことに、摩擦の物理/工学の研究は、実は解明されていないことが多く、現代物理の重要課題の一つである。したがって、現代物理/工学の観点からの論文もいまだに多数出版されている(例えばこれ)。これらの記述をもとに、摩擦力と垂直抗力の関係について次の記事でまとめてみよう。
まずは古典的な基本モデル(近似理論だが)として、アモントン、クーロンの法則に基づく、「クーロンの摩擦模型」についてみてみよう。
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