前回は、高校物理で習う「運動方程式」と、Newtonが提示した運動方程式の違いについて議論した。運動量を使う点、そして微分方程式として表現する点が、高校物理の「運動方程式」には欠けていることを指摘した。今回は、その後者の点をもう少し詳しく見てみたい。
ここでは、質点の質量が時間変化しない場合に限定して考えることにする。その場合、
\[\begin{equation}
\frac{d\vec{p}}{dt} = m\frac{d\vec{v}}{dt}
\end{equation}\]
が成立するので、運動方程式は
\[\begin{equation}
m\frac{d\vec{v}}{dt} = \vec{F}
\end{equation}\]
と表すことができる。加速度\(\vec{a}=\frac{d\vec{v}}{dt}\)を導入すると、上式は「高校物理の運動方程式」と「よく似た形」になる。すなわち、
\[\begin{equation}
m\vec{a} = \vec{F}
\label{eq-motion-uv}
\end{equation}\]
である。
この方程式はベクトル方程式であるので、まだ「高校物理の運動方程式」にはなっていない。高校の物理の教科書では、「運動方程式」というのは
\[\begin{equation}
ma = F
\label{eq-motion-hs}
\end{equation}\]
のことでなくてはならない!
高校の物理では、3次元の運動を扱うことはまずない。ほとんどが、2次元空間の問題である。しかも、2次元空間中の1次元運動ばかりを扱う。例えば、斜面をまっすぐに下り降りる積み木とか、重力に従ってまっすぐに落下する物体の運動などである。円軌道に沿った等速回転を扱うときもあるが、遠心力をつかった解法だけを許すので、「回転座標系」における釣り合い問題に書き換えてしまい、2次元の運動を直接扱うことを避けようとする。結局、高校物理はほとんどの問題が、実質的に1次元問題になっている。これは結局、最初に運動方程式を式\((\ref{eq-motion-hs})\)のように「スカラー方程式」と決めてかかるからである。力も加速度も、本質はベクトル量であるから、このような「単純化」はある意味人為的だし、物理的に不自然だと思う。
斜面を下り降りる物体の問題で、力を表すベクトルをx方向とy方向の成分に分解したり、あるいは斜面に水平な方向とそれに垂直な方向の成分に分解したりするが、この必然性が\((\ref{eq-motion-hs})\)という形からは見えてこない。やはりベクトル方程式であるから、式\((\ref{eq-motion-uv})\)から自然に
\[\begin{equation}
m\left(\begin{array}{c} a_x \\ a_y \end{array}\right) = \left(\begin{array}{c}F_x\\ F_y\end{array}\right)
\end{equation}\]
というふうに、「力の分解」が導かれることを教えるべきである。
上の式に \(\vec{a}=d\vec{v}/dt\)を代入すると
\[\begin{equation}
m\left(\begin{array}{c}\displaystyle
\frac{dv_x}{dt} \\ \displaystyle \frac{dv_y}{dt}\end{array}\right)
= \left(\begin{array}{c} F_x\\ F_y\end{array}\right)
\end{equation}\]
となる。これは微分方程式である。
高校物理では、運動方程式を微分方程式とはみなさないから、「運動方程式を解く 」ことはない。これは非常に不思議なことだが、高校物理では微分方程式を完全に排除しているので、ある意味整合性は取れている(実は、「最近」では、高校数学においても微分方程式は扱わないないのである)が、大学に入ってから苦労するだけである。微分方程式自体はそれほど難しいものではないのだから、大学で物理を学ぶ予定の高校生は、どんどん先に進んで、勉強しておくべきであろう。
高校で、唯一「運動方程式」を解いた気にさせるのが、自由落下、つまり高校物理でいうところの「等加速度運動」 である。しかし、等加速度運動に関して必要となる位置x(t)の表現、速度v(t)の表現などは、「公式」として丸暗記させられるのが高校物理である。いくらなんでもこれはひどいので、ここで微分方程式を解いて、「公式」がちゃんと得られるかどうか確認しておこう。
自由落下の質点に働く力は重力である。自由落下は1次元運動であるので、鉛直上向きにy軸をとって、運動方程式を
\[\begin{equation}
m\frac{dv_y}{dt} = - mg
\end{equation}\]
と書き表すことにする。gは重力加速度であり定数である。またmgは重力である。mは時間変化しないとする(質量保存)。
この微分方程式は簡単に解くことができる。その形式的な解法は、mが共通なので割り算して払ったあとに、両辺にdtをかけて積分するというものである。すなわち
\[\begin{equation}
\int dv_y = -g\int dt
\end{equation}\]
である。これを解くと
\[\begin{equation}
v_y = -gt +v_0
\end{equation}\]
となる。\(v_0\)は積分定数であり、力学では「初期条件」と呼ばれる。つまりt=0の時の速度である。例えば、初期条件を\(v_0 = 0\)とすると、\(v_y(t)= -gt\)となり、高校物理の教科書に登場する「公式」と一致する。
次に、速度ベクトルは位置ベクトルの微分であること、すなわち
\[\begin{equation}
\vec{v}(t) = \frac{d\vec{r}(t)}{dt}
\end{equation}\]
であることを用いる。ただし、位置ベクトルは(デカルト座標においては)
\[\begin{equation}
\vec{r}(t)=\left(\begin{array}{c} x(t)\\ y(t)\end{array}\right)
\end{equation}\]
である。
したがって、等加速度運動の運動方程式を一回積分して得られた解は
\[\begin{equation}
\frac{dy(t)}{dt} = - gt
\end{equation}\]
と書き直すことができる。この微分方程式を、さきほどと同じようにして積分する。すなわち、両辺にdtをかけて積分する。
\[\begin{equation}
\int dy = -g\int t dt
\end{equation}\]
この積分は簡単に実行できて、
\[\begin{equation}
y(t) = -\frac{1}{2}gt^2 + y_0
\end{equation}\]
を得る。
速度の初期条件を含んだ形で解く場合は
\[\begin{equation}
y(t) = - \frac{1}{2}gt^2 + v_0 t + y_0
\end{equation}\]
となり、これも高校物理の公式と一致する。
等加速度運動の場合は微分方程式が簡単になり、運動方程式はすぐに解ける。しかし、この簡単な問題を見下すべきではない。というのは、「運動方程式とは微分方程式であり、力学の問題とはこの微分方程式を解くことにある」という大原則を確認することができるからだ。等加速度問題は力学の基本としてよく噛み締めておくのがよい(「公式」を暗記するより、ずっと物理をやっている気がするであろう)。
もし、等加速度運動でないのであれば、運動方程式の右辺に現れる「力」の形が複雑となり、微分方程式が簡単に積分できなくなるだろう。その場合、「積分をいかにして実行するか」という数学に気を取られ、自分が運動方程式を解いて「物理」をやっているのだ、ということを忘れがちになる。 等加速度運動は積分計算自体が簡単になので、その面倒な計算に心患うことなく、「物理」をやっているのだという気持ちを保持しやすくなる。
複雑な問題に立ち向かうときは、等加速度運動に立ち戻り、「物理」をやっているという感覚を忘れずに進むのが大切である。
ところで、ベクトルの記号だが、高校の数学でも物理でも、矢印を用いて\(\vec{A}\)のように表すことが多い。しかし、大学の物理、あるいは現代の物理学では、ベクトル量は太字(ボールド体)で表すことが多い(矢印もときどき使う)。例えば、\(\mathbf{A}\)のように表す。これからは、このブログでは、太字を用いてベクトル量を表すようにしたいと思う。ただし、必要に応じて「矢印記号」もときどきは利用することもある。
太字を用いて、運動方程式を書き直してみよう。
\[\begin{equation}
m\mathbf{a} = \mathbf{F}
\end{equation}\]
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