2018年3月23日金曜日

斜面落下の二体問題(2): 運動方程式


(2)摩擦がない場合を考える。三角形を支える力\(\mathbf{F}\)を取り除いたら、三角形および質点は運動を始めた。質点は三角形の上辺の右端から左端に到達した。このとき、Bのy座標を求めよ。

模範解答を見ると、「水平方向に力はかからないのだから、(運動量保存により)質点はx軸方向には移動しない。したがって、答えはdである」と直感に基づいた答えが書いてある。たしかにこれでよいのではあるが、「実験してみないことには納得できない」という高校生は多いと思う。

できれば、そんな経験に基づかなくても、教わった物理法則をきちんと論理的に適用するだけで正解を得たいものである。この二体問題の運動方程式を解くことで「答えd」を計算して得てみよう。

三角形に働く力をリストアップしてみよう。まずは重力
\[\begin{equation}
\mathbf{F}_g=Mg\left(\begin{array}{c}0\\ 1\end{array}\right)
\end{equation}\]
が働く。

次に斜面からの垂直抗力\(\mathbf{N}_0\)が考えられる。以前議論したように、この力は三角形が斜面に沿って運動するための「拘束条件」として必要である。
\[\begin{equation}
\mathbf{N}_0=\frac{N_0}{\sqrt{2}}\left(\begin{array}{c}1\\ -1\end{array}\right)
\end{equation}\]

最後に、質点からの影響を考える。この質点は三角形があるために、y軸方向には自由に運動できない。これを「拘束条件」と考えると、三角形の辺から受ける「垂直抗力」\(\mathbf{N}_1\)を考えるのが自然であろう。作用反作用の法則により、質点は三角形を押し下げる力を作用させることになる。
\[\begin{equation}
\mathbf{N}_1=N_1\left(\begin{array}{c}0\\ 1\end{array}\right)
\end{equation}\]

従って、三角形についての運動方程式は
\[\begin{equation}
M\mathbf{A} = \mathbf{F}_g + \mathbf{N}_0 + \mathbf{N}_1
\end{equation}\]
となる。三角形の加速度を\(\mathbf{A}\)と置いた。

座標を回転させて、「高校物理おすすめ」の座標系に移動しよう。前回計算した一次変換\(R(-\frac{\pi}{4})R_E\)を、上の運動方程式全体に作用させると
\[\begin{equation}
M\left(\begin{array}{c}A'_x \\ A'_y\end{array}\right)
= \frac{1}{\sqrt{2}}\left(\begin{array}{c} Mg+N_1\\ \sqrt{2}N_0 - N_1 - Mg\end{array}\right)
\end{equation}\]
となる。 運動の拘束条件により、三角形は斜面からは離れない。したがって、y方向は力の釣り合いが成立していて運動の自由度はない、つまり\(A'_y=0\)とならなければならない。したがって、次の2つの方程式を得る。
\[\begin{equation}
N_0 - \frac{1}{\sqrt{2}}\left(N_1 + Mg\right) = 0 \\
MA'_x = \frac{1}{\sqrt{2}}\left(Mg+N_1\right)
\end{equation}\]
2つ目の方程式は、斜面に沿う運動の自由度に相当し、斜面を滑り降りる三角形の運動方程式に他ならない。

次に、質点の運動方程式を考えよう。実は上で考えた座標系は、考える物理系の「外界」から眺めた場合の座標系である。通常は慣性の法則が成り立つ座標系を考えるので、「慣性系」とよぶこともある。この慣性系から質点の運動を考えると、質点の運動はちょっと面倒な形になるのが予想できる。質点は三角形の上辺の上を「水平」に移動するが、三角形自体は斜めに落ちるので、質点の全体の運動は、この2つの自由度の組み合わせ(ベクトル和)になるはずだが、これを丁寧に追いかけるのは面倒だ(やればやれないことはないが)。

そこで、「内部座標系」というものを導入する。つまり、三角形の上に立って、質点を観測するような座標系である。この座標系は、斜めに落下していく三角形を基準にしているので、「非慣性系」である。非慣性系では「慣性力」という見かけの力を導入する必要がある。地球上におけるコリオリ力や、回転している車で感じる遠心力などは慣性力とみなされる。

いま考えている問題における慣性力は、慣性系でみたときの三角形の加速度の向きを変え、そこに非慣性系で運動する物体の質量をかけたものである。すなわち、三角形の上に設置した非慣性系において、質点が感じる慣性力は\(-m\mathbf{A}\)である。質点が感じる残りの力は重力と三角形からの垂直抗力\(\mathbf{N}_1\)である。したがって、非慣性系における、この質点の運動方程式は
\[\begin{equation}
 m\mathbf{a}= \mathbf{f}_g+\mathbf{N}_1 - m\mathbf{A}
\end{equation}\]
である。質点は、三角形の上辺から飛び上がったり、めり込んだりしない、という拘束条件を適用すると、\(a_y=0\)である。なお、この非慣性系の座標は、回転する前の座標系と同じ「方向」である。すなわち、三角形の上辺に沿って水平右側方向にx軸、x軸に垂直下向きにy軸をとる。質点の運動方程式を成分で書き下すと、
\[\begin{equation}
\left(\begin{array}{c}ma_x\\ 0\end{array}\right) =  mg\left(\begin{array}{c}0 \\ 1\end{array}\right)+ \left(\begin{array}{c}0 \\ -N_1\end{array}\right) - m\frac{A'_x}{\sqrt{2}}\left(\begin{array}{c} 1\\ 1\end{array}\right)
\label{eq-particle}
\end{equation}\]
である。

ここで、加速度に関しての変換の性質を利用した。すなわち、
\[\begin{equation}
\mathbf{A}' = R(-\frac{\pi}{4})R_E\mathbf{A}
\end{equation}\]
を成分で書くと、\(\sqrt{2}A'_x=A_x+A_y, \quad \sqrt{2}A'_y=A_x-A_y\)であることが示せるが、\( A'_y=0\)であることを利用すると, \(A_x=A_y\)である。したがって、\(A'_x = \sqrt{2}A_x\)となる。

式\((\ref{eq-particle})\)より、質点の加速度は三角形の加速度の\(1/\sqrt{2}\)倍であり、向きは左向きであることがわかる。つまり斜面の方へ向かって運動する。三角形の運動方程式と、質点の拘束条件を組み合わせて、\(N_1\)を消去すると
\[\begin{equation}
A'_x = \frac{g}{\sqrt{2}}(1+\frac{m}{M})\left(1+\frac{m}{2M}\right)^{-1}
\end{equation}\]
を得る。したがって、
\[\begin{equation}
a_x = \frac{g}{2} (1+\frac{m}{M})\left(1+\frac{m}{2M}\right)^{-1}
\end{equation}\]
である。等加速度運動である。

質点の速度の初期値は0, 位置の初期値はdであるから、
\[\begin{equation}
x(t) = d -\frac{1}{2}a_xt^2
\end{equation}\]
が質点の運動を表す関数である。x(t)=0を満たすtを求めると、
\[\begin{equation}
t^2 = \frac{2d}{a_x}
\end{equation}\]
である。

次に、三角形の運動は斜面に沿った方向に加速度\(A'_x\)の等加速度運動をする。初速度は0, 初期位置も0である。したがって、質点が三角形の上辺の上の右端から左端まで動く時間tの間にどれだけ斜面に沿って移動するかというと
\[\begin{equation}
X'(t) = \frac{1}{2}A_x' \frac{2d}{a_x} = \sqrt{2}d
\end{equation}\]
である。これは、三角形の斜辺の長さに相当する。t=0で原点にあった三角形の頂点が、斜辺の長さだけ斜面にそって動いた時に相当し、このとき三角形の上辺は垂直にdだけ落下する。したがって、B(三角形の右上の頂点)のy座標の位置はこのときdである。

(3)では、質点が三角形の上辺の左端に到達したときの速度を計算させているが、これまでの結果を用いて、
\[\begin{equation}
 v_x(t=\sqrt{\frac{2d}{a_x}}) = -\sqrt{2da_x} = \sqrt{dg\left(1+\frac{m}{M}\right)\left(1+\frac{m}{2M}\right)^{-1}}
\end{equation}\]
となることはすぐにわかる。

この問題では、三角形は斜面に沿っての運動の自由度、質点は三角形の上辺にそっての運動の自由度に、それぞれ拘束される。したがって、「自然な座標系」の取り方が、両者で異なる点が、初学者には「複雑に感じる」点ではないだろうか?自然な座標系を、物体によって変えたほうがうまくいく、というのが今回の問題で得た教訓である。

ちなみに二体問題を含む多体問題では、「内力」だけが働く場合をよく考える。その場合、重心の運動量が保存され、問題解決のための大きな緒になることがある。しかし、今回の場合は重力という外力がかかるので、全面的な保存力は成り立たない。ただ、重力は鉛直下向き(つまりy軸方向)にのみ働くので、x軸方向には保存則が成立する。2次元の問題において、独立な自由度は2なので、それぞれに対し運動量保存則を考えることができるからである。放物運動は自由落下と等速直線運動の組み合わせになっている、というのと同じからくりである。この観点から、この問題を解くことも可能ではある。

最後に2つの垂直抗力を質量と重力定数で書き表しておこう。これは、運動方程式からもとまる。

\[\begin{equation}
 N_0 = \left(1+\frac{m}{2M}\right)^{-1}\frac{m+M}{\sqrt{2}}g, \\
 N_1 = \left(1+\frac{m}{2M}\right)^{-1}\frac{m}{2}g
\end{equation}\]




斜面落下の二体問題 [東大その1]

さて、今まで考察してきたことを念頭に、高校物理で解くべき問題を、「普通の物理学」で解いてみよう。 いつの問題かはわからないが(多分10年以上前の問題だと思う)、参考書にあった「東大」の問題を見てみよう。

いつものことながら、これは「2次元」の問題である。滑り落ちる物体は、二等辺直角三角形である。等しい二辺の長さはdで、(当然ながら)等しい2つの角は45度である。斜面は地面(水平面)に対し、45度傾いている。この斜面の上に、二等辺直角三角形の斜辺(最も長い辺)が接して、右下方向に重力に従って滑り落ちる状況である。さらに、この二等辺三角形の上には質点が載せてあり、二体問題となっている。二等辺三角形の質量はM、質点の質量はmである。

二等辺三角形の等しい辺(長さd)の一つは水平であり、もう一つの辺は垂直になっている。時間t=0において、水平面の左端の位置を原点Oとし、水平右方向にx軸、垂直下方向にy軸をとる座標系を考える。質点はt=0のとき、(d,0)の位置にある。つまり、三角形の水平な辺の右端においてある。

(1)二等辺三角形の垂直になっている辺を右側から力Fで押し込んだら、滑り落ちずにこの物体は斜面で静止していた。Fの大きさを求めよ。
mは質点であり、目の悪い人が「遠く」からみたら、三角形の中に埋没してしまうだろう。その場合、質量M+mの物体が「一つ」あると考えて良い。したがって、X,Y軸方向における力の釣り合いを「一体問題」について考察するだけでよい。鉛直下向きに重力(M+m)gが作用しているのはすぐにわかる。一方で、三角形は斜面から浮いたり、沈み込んだりもしないので、拘束条件として斜面に密着している必要がある。常套手段として、「垂直抗力N」を導入して、この拘束条件に対処する(ちなみに、垂直抗力をNと表すのは、英語でNormal forceというからである)。垂直抗力は摩擦が働く方向、つまり物体の進行方向と垂直の方向にかかる。この問題では、斜面に対し垂直上向きなので、(1,-1)の方向である。これをベクトルで表示すると
\[\begin{equation}
\mathbf{N} =\frac{N}{\sqrt{2}} \left(\begin{array}{c}1\\ -1\end{array}\right)
\end{equation}\]
となる(ただし、\(|\mathbf{N}|=N\)とした)。

重力をベクトル表示すると
\[\begin{equation}
\mathbf{F}_g = \left(\begin{array}{c} 0 \\ (M+m)g\end{array}\right)
\end{equation}\]
とかける。

三角形を右から押す力を\(\mathbf{F}\)とすると、
\[\begin{equation}
\mathbf{F} = \left(\begin{array}{c} -F \\ 0\end{array}\right)
\end{equation}\]
となる。ただし\(F>0\)とする。

これら3つの合力が0であるというのが「力の釣り合い」であるから
\[\begin{equation}
\mathbf{N}+\mathbf{F}_g+\mathbf{F} = \mathbf{0}
\end{equation}\]
が利用すべき条件式である。この式を成分で書き下すと
\[\begin{equation}
\frac{N}{\sqrt{2}} - F = 0 \quad \cdots (x-axis)\\
-\frac{N}{\sqrt{2}} + (M+m)g = 0 \quad \cdots (y-axis)
\end{equation}\]
となる。この連立方程式からNを消去すれば、\(F=(M+m)g\)であることがわかる。

高校物理では「斜面に垂直な成分と、水平な成分に分解し...」などという説明をよくするが、だいたい「どうして分解するのか?」ということは深く突っ込まずに、「そうするものだから、そうせよ」と強要してくる感じがする。ベクトルを導入することで、そのような分解をしなくてもちゃんと解けることを上では示したつもりである。大事なのは、2次元の問題では、自由度が2つ(つまり独立な基底が2つ)あるわけだから、2次元のベクトルをしっかりと使って、その自由度をフルに利用することで、ちゃんと問題は解けるということである。もちろん、座標変換して高校物理のおすすめの方向に設定し直しても、この問題は解ける。

まず、上図のような座標系の取り方は、高校数学でよく選ぶ座標系と比較すると、「鏡映反転」の関係にある。つまり、そこでx軸とy軸を交換する(x軸をy軸と呼び直し、y軸をx軸と呼び直す)。この「交換」は一次変換で表現でき、それは
\[\begin{equation}
R_E=\left(\begin{array}{cc} 0& 1 \\ 1 & 0\end{array}\right)
\end{equation}\]
と表すことができる。

次に、物体と斜面を含む、考えている物理系全体を-45度だけ回転する。回転行列は、今年の東大数学問5で考察した。それを利用すると、この回転をあらわす行列は
\[\begin{equation}
R(-\frac{\pi}{4})=\frac{1}{\sqrt{2}}\left(\begin{array}{cc}1 & 1 \\ -1 & 1\end{array}\right)
\end{equation}\]
となる。

したがって、我々の座標系から、高校物理おすすめの座標系に移るには\(R(-\frac{\pi}{4})R_E\)という一次変換を行えばよい。まずはこの変換の積を計算し、まとめておこう。
\[\begin{equation}
R(-\frac{\pi}{4})R_E = \frac{1}{\sqrt{2}}\left(\begin{array}{cc}1& 1 \\ 1& -1\end{array}\right)
\end{equation}\]

この変換を釣り合いの条件式に作用させてみる。
\[\begin{equation}
\frac{1}{\sqrt{2}}\left(\begin{array}{cc}1 & 1 \\ -1 & 1\end{array}\right)
\left\{ \frac{N}{\sqrt{2}}\left(\begin{array}{c}1\\ -1\end{array}\right)
+(M+m)g \left(\begin{array}{c}0\\ 1\end{array}\right)
-F\left(\begin{array}{c}1\\ 0\end{array}\right) \right\}\\
=\frac{N}{2}\left(\begin{array}{c}0\\ 2\end{array}\right) + \frac{(M+m)g}{\sqrt{2}}
\left(\begin{array}{c}1\\ -1\end{array}\right) - \frac{F}{\sqrt{2}}\left(\begin{array}{c}1\\ -1\end{array}\right)=\mathbf{0}
\end{equation}\]

最後の式のx成分が斜面に水平な成分、y成分が斜面に垂直な成分の力の釣り合いに相当する。ちゃんと、垂直抗力がFの垂直方向の成分と釣り合っていることが求められている。正解は水平方向の成分の釣り合いから得られていることもわかる。


運動方程式の正しい形式:ベクトル量の微分方程式

前回は、高校物理で習う「運動方程式」と、Newtonが提示した運動方程式の違いについて議論した。運動量を使う点、そして微分方程式として表現する点が、高校物理の「運動方程式」には欠けていることを指摘した。今回は、その後者の点をもう少し詳しく見てみたい。

ここでは、質点の質量が時間変化しない場合に限定して考えることにする。その場合、
\[\begin{equation}
\frac{d\vec{p}}{dt} = m\frac{d\vec{v}}{dt}
\end{equation}\]
が成立するので、運動方程式は
\[\begin{equation}
m\frac{d\vec{v}}{dt} = \vec{F}
\end{equation}\]
と表すことができる。加速度\(\vec{a}=\frac{d\vec{v}}{dt}\)を導入すると、上式は「高校物理の運動方程式」と「よく似た形」になる。すなわち、
\[\begin{equation}
m\vec{a} = \vec{F}
\label{eq-motion-uv}
\end{equation}\]
である。

この方程式はベクトル方程式であるので、まだ「高校物理の運動方程式」にはなっていない。高校の物理の教科書では、「運動方程式」というのは
\[\begin{equation}
 ma = F
\label{eq-motion-hs}
\end{equation}\]
のことでなくてはならない!

高校の物理では、3次元の運動を扱うことはまずない。ほとんどが、2次元空間の問題である。しかも、2次元空間中の1次元運動ばかりを扱う。例えば、斜面をまっすぐに下り降りる積み木とか、重力に従ってまっすぐに落下する物体の運動などである。円軌道に沿った等速回転を扱うときもあるが、遠心力をつかった解法だけを許すので、「回転座標系」における釣り合い問題に書き換えてしまい、2次元の運動を直接扱うことを避けようとする。結局、高校物理はほとんどの問題が、実質的に1次元問題になっている。これは結局、最初に運動方程式を式\((\ref{eq-motion-hs})\)のように「スカラー方程式」と決めてかかるからである。力も加速度も、本質はベクトル量であるから、このような「単純化」はある意味人為的だし、物理的に不自然だと思う。

斜面を下り降りる物体の問題で、力を表すベクトルをx方向とy方向の成分に分解したり、あるいは斜面に水平な方向とそれに垂直な方向の成分に分解したりするが、この必然性が\((\ref{eq-motion-hs})\)という形からは見えてこない。やはりベクトル方程式であるから、式\((\ref{eq-motion-uv})\)から自然に
\[\begin{equation}
m\left(\begin{array}{c} a_x \\ a_y \end{array}\right) = \left(\begin{array}{c}F_x\\ F_y\end{array}\right)
\end{equation}\]
というふうに、「力の分解」が導かれることを教えるべきである。

上の式に \(\vec{a}=d\vec{v}/dt\)を代入すると
\[\begin{equation}
m\left(\begin{array}{c}\displaystyle
 \frac{dv_x}{dt} \\ \displaystyle \frac{dv_y}{dt}\end{array}\right)
= \left(\begin{array}{c} F_x\\ F_y\end{array}\right)
\end{equation}\]
となる。これは微分方程式である。

高校物理では、運動方程式を微分方程式とはみなさないから、「運動方程式を解く 」ことはない。これは非常に不思議なことだが、高校物理では微分方程式を完全に排除しているので、ある意味整合性は取れている(実は、「最近」では、高校数学においても微分方程式は扱わないないのである)が、大学に入ってから苦労するだけである。微分方程式自体はそれほど難しいものではないのだから、大学で物理を学ぶ予定の高校生は、どんどん先に進んで、勉強しておくべきであろう。

高校で、唯一「運動方程式」を解いた気にさせるのが、自由落下、つまり高校物理でいうところの「等加速度運動」 である。しかし、等加速度運動に関して必要となる位置x(t)の表現、速度v(t)の表現などは、「公式」として丸暗記させられるのが高校物理である。いくらなんでもこれはひどいので、ここで微分方程式を解いて、「公式」がちゃんと得られるかどうか確認しておこう。

自由落下の質点に働く力は重力である。自由落下は1次元運動であるので、鉛直上向きにy軸をとって、運動方程式を
\[\begin{equation}
m\frac{dv_y}{dt} = - mg
\end{equation}\]
と書き表すことにする。gは重力加速度であり定数である。またmgは重力である。mは時間変化しないとする(質量保存)。

この微分方程式は簡単に解くことができる。その形式的な解法は、mが共通なので割り算して払ったあとに、両辺にdtをかけて積分するというものである。すなわち
\[\begin{equation}
\int dv_y = -g\int dt
\end{equation}\]
である。これを解くと
\[\begin{equation}
 v_y = -gt +v_0
\end{equation}\]
となる。\(v_0\)は積分定数であり、力学では「初期条件」と呼ばれる。つまりt=0の時の速度である。例えば、初期条件を\(v_0 = 0\)とすると、\(v_y(t)= -gt\)となり、高校物理の教科書に登場する「公式」と一致する。

次に、速度ベクトルは位置ベクトルの微分であること、すなわち
\[\begin{equation}
\vec{v}(t) = \frac{d\vec{r}(t)}{dt}
\end{equation}\]
であることを用いる。ただし、位置ベクトルは(デカルト座標においては)
\[\begin{equation}
\vec{r}(t)=\left(\begin{array}{c} x(t)\\ y(t)\end{array}\right)
\end{equation}\]
である。

したがって、等加速度運動の運動方程式を一回積分して得られた解は
\[\begin{equation}
\frac{dy(t)}{dt} = - gt
\end{equation}\]
と書き直すことができる。この微分方程式を、さきほどと同じようにして積分する。すなわち、両辺にdtをかけて積分する。
\[\begin{equation}
 \int dy = -g\int t dt
\end{equation}\]
この積分は簡単に実行できて、
\[\begin{equation}
 y(t) = -\frac{1}{2}gt^2 + y_0
\end{equation}\]
を得る。

速度の初期条件を含んだ形で解く場合は
\[\begin{equation}
y(t) = - \frac{1}{2}gt^2 + v_0 t + y_0
\end{equation}\]
となり、これも高校物理の公式と一致する。

等加速度運動の場合は微分方程式が簡単になり、運動方程式はすぐに解ける。しかし、この簡単な問題を見下すべきではない。というのは、「運動方程式とは微分方程式であり、力学の問題とはこの微分方程式を解くことにある」という大原則を確認することができるからだ。等加速度問題は力学の基本としてよく噛み締めておくのがよい(「公式」を暗記するより、ずっと物理をやっている気がするであろう)。

もし、等加速度運動でないのであれば、運動方程式の右辺に現れる「力」の形が複雑となり、微分方程式が簡単に積分できなくなるだろう。その場合、「積分をいかにして実行するか」という数学に気を取られ、自分が運動方程式を解いて「物理」をやっているのだ、ということを忘れがちになる。 等加速度運動は積分計算自体が簡単になので、その面倒な計算に心患うことなく、「物理」をやっているのだという気持ちを保持しやすくなる。

複雑な問題に立ち向かうときは、等加速度運動に立ち戻り、「物理」をやっているという感覚を忘れずに進むのが大切である。

ところで、ベクトルの記号だが、高校の数学でも物理でも、矢印を用いて\(\vec{A}\)のように表すことが多い。しかし、大学の物理、あるいは現代の物理学では、ベクトル量は太字(ボールド体)で表すことが多い(矢印もときどき使う)。例えば、\(\mathbf{A}\)のように表す。これからは、このブログでは、太字を用いてベクトル量を表すようにしたいと思う。ただし、必要に応じて「矢印記号」もときどきは利用することもある。

太字を用いて、運動方程式を書き直してみよう。
\[\begin{equation}
m\mathbf{a} = \mathbf{F}
\end{equation}\]

2018年3月22日木曜日

運動量と運動方程式

高校物理では、運動方程式を
\[\begin{equation}
\vec{F}=m\vec{a}
\label{eq-motion-dum}
\end{equation}\]
と教える。しかし、これは運動方程式の「特別な場合」であり、より一般的な表現とはなっていない。

そもそもNewtonが提示した、本来の運動方程式は、運動量\(\vec{p}\)を用いて
\[\begin{equation}
\vec{F}=\frac{d\vec{p} }{dt}
\label{eq-motion}
\end{equation}\]
という形をしている。したがって、物理を習うとするならば、上の式(\(\ref{eq-motion}\))を最初に習うべきなのである!

非相対論的な古典力学では、運動量は速度ベクトルに比例する量として定義される。つまり、「運動の量」とは「速度」であるということだ。これは経験的に見つけたものかもしれないが、ガリレオによる様々な実験により「実証」された概念だと考えてよいと思う。ただし、運動の量を速度と言い切らなかったところに、ガリレオやニュートンら中世の物理学者たちの素晴らしさがある。そして、その比例係数として、「慣性質量」mを持ってきたのも素晴らしい発見だったと思う。

さらにニュートンは、力を定義するにあたり、それが「速度の時間変化に比例する」とは書かず、「運動量の時間変化である」と言い切ったところが素晴らしい。この考え方により、力学の将来に向けての発展性(解析力学や量子力学)が約束されたといっても過言ではない。

さて、では高校物理でならう「運動方程式」とはなんなのだろう?それは、質点のようなものを考え、その質量が運動の過程中に変化しない「特別な場合」を想定したときに成立する方程式である。つまり\(dm/dt=0\)ということである。多段式ロケットの力学を考えるときは、\(dm/dt \ne 0\)であるから、高校物理で教わる運動方程式から出発すると面倒に巻き込まれるか、解けなかったりするだろう。

高校物理では微分を使わない。したがって、式\((\ref{eq-motion})\)は「ご法度」なのである。この無理な要請のせいで、正しい物理の道筋が歪められてしまい、途中から始まるような不自然な形で教えられるのである。このツケは、大学に入ってから払う必要が出てくるが、戸惑う学生が一定の割合で存在する。大学生というのは、若いようでいて、意外に頭が硬くなっている場合もある。高校時代にちゃんとならっておけば、無用なもがきはしなくて済むのに、残念である。鉄は熱いうちに打て、である。

2018年3月21日水曜日

摩擦力と垂直抗力(4)静止摩擦と動摩擦

ファインマンの教科書には、ミクロな観点から摩擦を考察した、もっと踏み込んだ記述がある。静止摩擦と動摩擦の力学的な差異がそこでは説明される。

静止摩擦は、いわばアスペリティ同士の「引っ掛かり」とみなせる。表面に水平な方向に力がかかっても、トゲのようなアスペリティが歯止めとなって静止摩擦力を生み出す。とはいえ、水平方向の力がアスペリティを乗り越えたり、引きちぎるほど強くなれば、ついに物体は動き出すというわけだ。アスペリティが「破壊」される直前の状態(物理では閾値とか臨界値ともいう)が「最大静止摩擦」である。

最大静止摩擦が発生している時、重力による斜面に沿った方向に進ませようとする力(\(mg\sin\theta\))と、摩擦力Fは釣り合っている。したがって、先の考察で設定した座標軸を用いると
\[\begin{equation}
mg\sin\theta - F = 0
\end{equation}\]となる。摩擦力 Fが垂直抗力に比例すると「近似」すれば(あえて「近似」という言葉を使った)、
\[\begin{equation}
F=\mu_0 N
\end{equation}\]
である。\(\mu_0\)は最大静止摩擦係数である。また、y軸方向の釣り合いから
\[\begin{equation}
mg\cos\theta - N = 0
\end{equation}\]
である。これらを組み合わせて\(\mu_0\)について解くと、
\[\begin{equation}
 \mu_0 = \tan\theta
\end{equation}\]
を得る。

ということは、板を傾けて角度を測定するだけで\(\mu_0\)が測定できる、ということになる。ところが実際にやってみるとそうは問屋が卸さないのだという。

まず、水平の状態から板をどんどん傾けていく。滑り出すギリギリまで傾けていって、よしここだという場所で傾斜を固定する。角度を測れば\(\mu_0=\tan\theta\)と最大静止摩擦係数が測定できたように思える。そこで物体を板から外す。このとき、板の角度は変えないのが重要である。外した物体を友人に手渡しし、再度、板の上に乗せてもらう。最大摩擦が生じている角度であるから、物体は滑らないはずである。ところがである。物体はゆっくりと動き出してしまった。が、しばらく滑って再び止まった...と思ったら次第にずれ始め、今度は勢いよく滑り出し...そしてまた止まったのである。

これいったいどういうことなのかというと、最初の測定地点(物体が置いてあった位置)におけるアスペリティの状態に対して最大摩擦係数を測ることができたのは確かである。ところが、友人が置いた場所は、最初の測定地点と違う場所だったのだ。どんなに丁寧にヤスリをかけても、ミクロのアスペリティの状態を場所によらず均一にすることは不可能である。したがって、友人が置いた場所ではアスペリティの状態が滑りやすい状態になっていて、物体が動き出してしまったというわけである。ところがしばらく移動して、最初の地点と似たようなアスペリティの状態になっている場所に到達したので、物体は再度静止したのであるが、それでもほんのわずかだけアスペリティが弱く、だんだんずれてしまったのである。動き出した物体はアスペリティの弱い部分を勢い良く滑り続けるが、最後にアスペリティの状態が非常にひっかかりやすい場所に到達し、ついに静止したのである。

つまり、摩擦係数というのは「ほぼ場所によらず一定」であるが、「厳密に一定ではない」ということである。

一方、動摩擦は、アスペリティが破壊されたり、乗り越えられたりしながら、物体が滑っていくときに生じる。破壊のためのエネルギーや、乗り越えるためのエネルギーが余分に必要になり、これが進行方向に物体が進もうとするのを妨げるのである。アスペリティが破壊されれば、物体の表面には「傷」が生じるはずである。ファインマンの教科書には、表面を滑らかに磨き、表面を綺麗に洗浄したガラス板同士をよく密着させたあと、力を加えて無理やり滑らせると、ガラスの表面に細かい擦り傷のような損傷が発生する、と書いてある。アスペリティが破壊され、原子が弾き飛ばされた結果である。原子レベルで考えると、動摩擦が発生している状況というのは、かくも「破壊的」な現象なのである。もちろん動摩擦も場所によって変動するため、動摩擦係数を「一定」とみなすのは「近似」である!

アスペリティの分布が変化したり、物体の表面の形が場所によって変動するのは、なにも磨き方が足りなかっただけではない。不純物が付着していたり、表面が酸化していたり、と様々な要因から、場所にって摩擦係数が変化することが考えうるのである。

では、これらの不純物を完全に取り除いてしまったら、摩擦係数は一定値を取りうるだろうか?この実験を実行するのは大変だが、半導体を製造するようなクリーンルームの中に持ち込み、真空容器に封印し、などと考えうる最高の実験技術を駆使し、なんとかその状態が実現できたとする。板としては、木製の板ではなく、例えば銅版と銅のサイコロのように、同じ金属同士で滑らせてみる。すると、摩擦係数は綺麗に角度θを用いて測定できるようになるだろうか?

答えは否である!このように純粋な金属板同士を滑らせて、傾斜角から最大摩擦係数を測定しようとしてもそれは不可能なことなのである。なぜかというと、傾斜角をどんどん傾けていっても、一向に物体は滑らないからである!滑るどころか、垂直になっても(θ=90度)、物体は板に張り付いたまま滑らないのである。これはアルミニウムでやっても、鉄でやっても、銀でも金でも、同じ結果になる。つまり、良かれと思って理想の測定状態に近づけた結果、測定不能になってしまったのである。

これを理解するには、固体物理のことを思い出せば良い。規則正しく並んだ原子は「結晶」という固体状態である。結晶と結晶を貼り合わせたものは、より大きな結晶となり、2つの領域の「境界」というものが消えて無くなってしまうのである。不純物が表面にあることで、物体は「境界」の位置を知り、そこを境に滑っていたのである。ところが、不純物がなくなることで、境界がどこかわからなくなり、結晶が広がっただけのようになってしまい、逆に滑らなくなってしまうのである。通常、結晶とは硬い固体状態であることを多くの人が知っているだろう。

以上のことからもわかるように、摩擦の実験を行うと、かならずしも高校物理の問題のようには事は進まないのである!

例えば、「最大摩擦係数\(\mu_0\)」が与えられ、その値から傾斜の角度\(\theta_0\)を決める。念のため、物体が滑り出さないように\(\tan\theta_0 < \mu_0 \)となるように角度を少し小さめに設定しよう。ここに物体を置いたとき、物体は(運良く)斜面に静止したとする。次に少しずつ角度を大きくすると、物体は斜面を滑り出すはずである。高校物理に基づいて運動方程式を組み立てると,
\[
ma = mg\sin\theta - \mu'mg\cos\theta
\]となる。 すなわち、物体の加速度は一定となり
\[\begin{equation}
a= g\left(\sin\theta - \mu'\cos\theta\right)
\end{equation}\]
と一定値をもつことになる。\(\mu'\)は動摩擦係数である。したがって、この物体の運動は等加速度運動の公式に従って
\[
x(t) \sim x(0)+\frac{1}{2}g\left(\sin\theta - \mu'\cos\theta\right)t^2
\]
となると答えれば、大学入試では点数が稼げる。しかし、現実の物理ではこの式のようにはならない。というのも、上述したように場所によってアスペリティの様子が変わるため、等加速度運動になるとは限らないのである。場所によってはゆっくり滑ったり、突然早く滑り出したり、ほとんど止まったり、と複雑な運動をするのである(つまり加速度は時間の関数になる)。

摩擦力と垂直抗力(3)ミクロな観点

現代物理学は、必ずミクロな観点で考える。つまり、原子レベルでみたらどのようになっているかを考察するのである。滑り摩擦(sliding friction)の場合、その本質はアスペリティー(物体表面のミクロな凸部分)にあることを前回見た。アスペリティーは、ギザギザした表面の尖った場所であり、原子が固まって存在する場所とみなすことができる。

摩擦力の本質は、アスペリティー同士の引っ掛かりであり、この数が多いほど摩擦力は増す。摩擦力が垂直抗力に(ほぼ)比例するのは、表面に垂直な方向から力(つまり垂直抗力)がかかると、表面が押し潰されて隙間が少なくなりアスペリティーの数が増える、すなわち有効接触面積が増大するからである。表面に平行な力がかかってもアスペリティーの数は増えないから、摩擦力と垂直抗力は必ず「垂直」である必要があるのだ。したがって、\(\vec{F}\perp\vec{N}\)が成り立つ必要があり、\(\vec{F}=\mu\vec{N}\)は間違いとなる。

滑り面に対して斜めに力がかかるときはどうか?斜めの力は、水平の成分と垂直の成分に分解できる(数学の言葉でいうと、ベクトル空間の線形結合性、あるいは基底の性質)。前者はアスペリティーを増やす効果はないが、後者ある。したがって、垂直成分のみに摩擦力は比例することになる。これは高校物理でよく問われる問題である。下図のような斜面の問題を例に考察してみよう。

斜面を滑り落ちる物体(図はWikipediaより引用
物体に働く力は重力であり、それは物体の重心から鉛直下向きに\(mg\)の大きさで作用する。しかし、斜面の存在により、物体は鉛直下向きに落下することができず、斜面に沿って(角度θで)左斜め下に滑り落ちることになる。落下の方向が、斜面によって制限されるので、こういう状況を「拘束条件付の運動」という。この場合の拘束条件とは「斜面に沿って直線運動をする」ことである。つまり、斜面から離れて弾んだり、浮き上がったりしないので、その物理的状況を考慮しなくてはいけない。

この問題は2次元なので、独立な基底ベクトルは2つとなる。重力の方向にy軸、それと水平の方向にx軸をとってもよいが、θだけ回転した座標系、すなわち斜面に沿った方向にx軸、斜面に垂直な方向にy軸をとるのが、この問題をもっとも簡単に解く座標系である。

y軸方向には物体は動かない(変位は零)ので、この方向には力の釣り合いが成り立っていると考えざるをえない。重力からは\(mg\cos\theta\)の寄与があるので、これに対抗した力がかからないと、物体は斜面にめり込んでしまうことになる。この対抗する力が「垂直抗力」(Nと書くことにする)であるが、斜面から上方の向き(つまり-y方向)に働く。したがって、y軸方向の力の釣り合いは
\[\begin{equation}
mg\cos\theta - N = 0
\end{equation}\]
となる。 斜面が物体を押す力、すなわち垂直抗力Nは、ミクロの観点からすると、物体を構成する原子の塊が、斜面を構成する原子の塊にめり込まないようにする役割があり、それは原子同士の反発力が正体である。この反発力の源は原子の中に含まれる電子や原子核などの電荷粒子の間に働くクーロン力(電気力)であるが、あまりにも多くの粒子が関わった超多体問題であるため、複雑すぎて明確な分析をすることはほぼ不可能である。そこでこの複雑な合成力を「垂直抗力」とひとくくりに丸めて、わかったようなふりをするのである。

さて、この問題における「垂直抗力」は、斜面から物体に向かって働くので、物体を押さえつける力ではなく、下から物体を浮かせるような力になっていて、これは「上から押さえつける」力によってアスペリティが増加して 摩擦力が増大する、という最初の説明と辻褄があわないようにみえる。よく考えると、アスペリティが増大するのは、接触面が「互いに」押し付けられるようになる場合である。

垂直抗力というのは状況によらずいつでも一定値を取っているわけではなく、拘束条件を成立させるために、状況によって値が変わるものである。重いものを乗せれば大きく、軽いものを乗せれば小さくて済むのである。この変幻自在性は作用反作用の法則と拘束条件によるものである。斜面が硬く不動ならば、重力が大きくなればなるほどNは大きくなり、押し付け度合いは上がる、と考える。つまり重力による斜面への押し付けが摩擦力を生むと考えて良いだろう。上の式(1)に現れる「垂直抗力」は、押し付けの目安として最適である、という程度である。実際、手で押さえつけるときは摩擦力は増加するだろうが、斜面の下から手で押し上げれば摩擦力は減少するだろう。しかしながら、摩擦力の公式は変わらない。というのは、手で押さえつける力をHと表せば、釣り合いの式は
\[\begin{equation}
mg\cos\theta + H - N = 0
\end{equation}\]
となり、摩擦力Fは
\[\begin{equation}
 F= -\mu N = -\mu(mg\cos\theta + H)
\end{equation}\]
となるからである。\(H>0\)のときが「上から押さえつける場合」、\(H<0\)の場合が「下から押し上げる場合」である。

ここで大事なのは、Hが強くなっても斜面が変形しないという仮定である。もし斜面が柔らかく、押し付けたら斜面の形が変わってアスペリティの数が増えなければ、摩擦力は垂直抗力に単純に比例するとは結論づけできないだろう。

「押し付けの度合い」という点で考えれば、つぎのようなミスは防げるはずである。すなわち、「y軸方向には釣り合いの式が成り立つから物体にかかるy軸方向の力は0である。したがって、垂直抗力は0となり、摩擦は発生しない」という間違いである。釣り合いが成り立っているのは、垂直抗力が増減することにより、重力などの押し付け力に対抗しているからである。釣り合いが成り立つ場合も、押し付け力が大きければ大きいほど、垂直抗力は増加し、「押し付けの度合い」は結果的に増加し、アスペリティは増えるのである。

摩擦力と垂直抗力(2) アモントン、クーロンの法則

Wikipediaの記述に基づいて、アモントン、クーロンの法則を書き下してみる。ちなみに、この「摩擦力」とは、マクロな物体同士の接触摩擦に対して適用される摩擦力のことであり、流体の粘性や空気抵抗とは異なる種類の摩擦である。英語では、物体同士の摩擦のことを"dry friction"あるいは"sliding friction"といい、流体などに働く摩擦は"viscocity"(粘性)とか、"air resistence"(空気抵抗)とかいって、明確に区別する傾向がある。

(1) 摩擦力は「垂直抗力」に比例して増大する。
(2) 摩擦力は、物体間の「見かけ」の接触面積とは無関係である。
(3) 摩擦力は速度依存性を持たない。

これらの法則は15-18世紀に見出された経験則である。したがって、その適用には範囲があり(適用範囲、適用限界)、これらの法則が当てはまらないものが現代物理において次々と発見されていることを知っている必要がある。たとえば、(3)の速度依存性に関しては、地震学で考えるような大陸のプレート同士の摩擦においては、速度依存性が重要な役割を果たすのではないかと考えられているそうである(たとえばこの参考文献の7ページ)。

法則(1)が、 前回の式(1)に相当する内容であり、すなわち\(F=\mu N\)と表現される高校物理の「公式」に相当する。一方、法則(2)は「物理」の観点から摩擦力と垂直抗力の関係を考える出発点を与える内容である。

接触面が小さな点状の物体の方が、板のような面上の物体よりも摩擦力が小さいように思うが、必ずしもそうはならないというのがこの法則の指摘する事柄である。同じ接触面積でも、滑りやすいものもあれば、滑りにくいものもある。これはどうしてなのか?答えはミクロな観点で見た接触面の構造にある。

どんなに滑らかに磨いた物体表面も、拡大してみるとギザギザで、凸凹している。Wikipediaの画像を借りて、その様子を模式的に表した図が以下である。

Wikipediaの「摩擦力」の説明二つの物体の真実接触部(矢印)は見かけの接触面のごく一部に過ぎない」より。
 つまり、直感的な「接触面積は摩擦力と関連するはずだ」という考え方は、基本的にはあっているものの、ミクロな観点からすると、接触している真の部分は「接触点のあつまり」であり、「肉眼でみたときの接触面」つまり「みかけの接触面」よりも随分小さいのである。この接触点のことをアスペリティと呼ぶ。摩擦力はアスペリティの数(アスペリティーの接触面積の総和)に影響を受けるのは確かだが、肉眼でみる限りは(マクロな観点)アスペリティの様子を見極めることができないため、見かけの面積だけでは摩擦力の強度を決められないのである。したがって、その影響を摩擦係数μに「丸め込む」のである。つまり、摩擦係数μはマクロな視点で定義された「現象論的な量」である。

物理学の「真の目的」は、摩擦係数μをアスペリティの数や面積によって書き直すことにあるだろう。これを「定量的な研究」という。しかし、それは至難の技であることはすぐに理解できるだろう。

一方で、アスペリティの接触面が大きければ大きいほど、摩擦力は増大することは確実に言える。こういう研究を「定性的な研究」という。定性的な研究とは、「物の理」を理解することであるから、物理においてとても大事な研究の方向性である。アスペリティの接触面と摩擦力の関係について、定性的な議論をつぎにしてみたい。

2018年3月20日火曜日

摩擦力と垂直抗力 (1) 現代物理の観点

最初の問題として、摩擦力について考察してみよう。高校物理では力学の項目で導入される概念であるため、多くの高校生が知っているはずである。そして、それは多くの学生が「物理が苦手」と感じさせる最初の要因になっているのではないかと思う。

摩擦力といっても、高校で取り扱うのは、空気抵抗とか、流体の粘性とかではなく、マクロな物体同士の接触摩擦である。典型的な問題は、斜面を滑る積み木みたいな物体の「運動」の考察である。(「運動」といっても、微分方程式を解かないので、大した運動にはなっていないが...)物体同士の接触による摩擦には2種類(静止摩擦と動摩擦)あることを高校物理では教えるが、その原因や理由を説明したりはしない。いずれの場合も、数式で表すとどちらも同じ形式で表される。
\[\begin{equation} F= \mu N \label{friction-force}\end{equation}\]
\(\mu\)は摩擦係数と呼ばれ、\(N\)は「垂直抗力」と呼ばれるベクトル量の大きさを表す。次元解析をすればわかるように、摩擦係数\(\mu\)は単位をもたない、単なる係数である。また、摩擦力はベクトル量であるから、その向きも定める必要があるが、それは運動する物体の「運動方向と逆向き」である。また垂直抗力は、運動方向と「垂直の向き」に作用する力である。これが「垂直抗力」という名前が付いた理由である。したがって、次元が一致するからといって、\(\vec{F}=-\mu\vec{N}\)などと書き表すと間違いとなる。また、英語では垂直抗力のことを"normal force"という。"normal"というのは色々な意味を持つが、ここでは「垂直」という意味である。ちなみに平面の法線はnormal vectorという。

高校物理では、静止摩擦と動摩擦を分けるものは、摩擦係数\(\mu\)の定義だけである。試験問題では、例えば「\(\mu\)を静止摩擦係数、\(\mu'\)を動摩擦係数とおく」などと文中で定義される。静止と動の違いを「表面的に理解」し、記号を混同せず、「使い間違えないように注意深くなる」のが高校物理の目標となるが、禅の修行のような感じに聞こえなくもない。計算するだけで「理」を考えない高校物理ではこの数式を暗記し、様々な事例に適用して、正しい解答を速やかに導き出せるようにひたすらトレーニングを積むだけとなる。

(高校物理ではなく)物理学に戻ろう。なぜ摩擦力の大きさFは、垂直抗力の大きさNに比例するのであろうか?高校物理では議論もしないし、考えない内容である。まずは直感的に考えてみよう。物体を上から押さえつければ、その物体の横滑り運動に関する摩擦力が増大することは、日常経験で知っている人は多いだろう。例えば、SF映画で狭い部屋に閉じ込められた主人公を押しつぶそうとして、左右の壁が動いて迫ってくる。潰される直前に、主人公は左右の手足を壁に突っ張ると、摩擦力が増大して壁を登ることができ、見事に天井裏に脱出できた、というようなシーンである。このような経験を通して、滑り面に対する「上」からの押さえつけ(つまり垂直抗力)が摩擦力に与える影響をなんとなく理解することは可能だろう。しかし、物理学の観点から見た「本当の理解」とは、「なぜ押さえつけたら摩擦力が増大するのか」という疑問に答えることである。

 これに対する丁寧な説明はR.P.Feynmanの教科書に書いてある(Vol. I, 12-2 Friction)。また、Wikipediaにも記述がある。驚くべきことに、摩擦の物理/工学の研究は、実は解明されていないことが多く、現代物理の重要課題の一つである。したがって、現代物理/工学の観点からの論文もいまだに多数出版されている(例えばこれ)。これらの記述をもとに、摩擦力と垂直抗力の関係について次の記事でまとめてみよう。

まずは古典的な基本モデル(近似理論だが)として、アモントン、クーロンの法則に基づく、「クーロンの摩擦模型」についてみてみよう。

はじめに

少し前に書いたように、高校の物理で教える内容に大きな不満がある。高校で学んだ物理の内容は、果たして大学で学ぶ物理学の「基礎」になっているのだろうか?多分、答えは「ほとんど否」であろう。概念の導入など多少は役に立つところもあるだろうが、微分方程式や行列を使わずに展開した「物理」にどんな発展があるというのだろうか?大量に記憶した公式や問題解法の組み合わせを習得したとしても、「物の理」を理解する助けにはならないのではないだろうか?しかも、せっかく覚えた「物理の公式」も、数学の公式とは異なって、適用限界があることを認識した教育になっていないため、物理で大切な考え方が抜け落ちた教え方になってしまっているように見える。

では、大学で学ぶ「本当の物理学」を知っていれば、果たして「高校の物理」は解けるのだろうか?受験生にしてみれば、試験問題を正解し、大学に合格できるかどうかが最大の関心事である。もし「大学の物理」を知っていても、「高校物理」の特殊性に歯が立たないとしたら、高校物理を学んでいる人々に落胆と絶望をもたらすことになるだろう。しかし、「高校物理の学習法」の精神、つまり無数の公式を暗記し、それらをどう組み合わせて問題を解くかという方法論のみの習得、を続ければ続けるほど、学問追究に対する精神の摩耗は激しく、せっかく大学に入った頃には、物理学を学習しなおし、正しい物理学を習得しようとする余力が残っていない状態となってしまうだろう。これを防ぐためには、高校時代から「正しい物理学」を習得し、それをもとに問題にあたれば「受験物理」はさらさらっと解けるのである、ということを示していきたいと思うのである。

2017年, 2018年の物理の入試問題で、複数の不備が出たことは記憶に新しいと思う(阪大も京大も、音波の問題だったと思う)。これは、実際の研究現場で用いる「真の物理学」では使わないような、馴染みのないような概念が「高校物理 」では熱心に教えられているのが原因にあるのではないだろうか?現代物理ではあまり使わない概念、古びてしまった概念などが高校物理でいまだに中心的に教えられている可能性がある。もちろん、それらの古い概念が現代物理への基礎になっていれば学ぶ価値はあるとは思う。そのような可能性の有無についての検討は必要なことだろうと思う。

このブログでは以上の点に着目しつつ、高校の物理を大学の物理の観点から解いていこうと思うのである。

斜面落下の二体問題(2): 運動方程式

(2)摩擦がない場合を考える。三角形を支える力\(\mathbf{F}\)を取り除いたら、三角形および質点は運動を始めた。質点は三角形の上辺の右端から左端に到達した。このとき、Bのy座標を求めよ。 模範解答を見ると、「水平方向に力はかからないのだから、(運動...